限界は己の弱さが決める

研究内容紹介

概要

日本の基幹電源の一つである原子力発電の安全性と信頼性は、福島第一原子力発電所の事故により、大きな疑問が投げかけられました。我々が主たる研究対象としている「原子炉物理」は、「核分裂を制御する」という、原子力安全のもっとも根幹をつかさどる学術分野であることを新たに認識し、福島第一原子力発電所の事故を防げなかった真摯な反省のもと、原子炉物理を通じて、世界最高水準の原子力安全を実現するための研究を遂行します。原子力の安全性の向上は、今後の日本および世界に対する大きな貢献となります。

中性子の挙動を予測する「原子炉物理」を中核として、原子力安全に関連する「原子炉の物理」を幅広く研究対象とし、実験・理論・計算機シュミレーション(計算科学)をバランスよく用いて研究を進めます。

稼働中の軽水炉にきわめて密接した実用化研究から、原理的な安全性を持つ革新型安全炉の開発など、将来を見据えた研究まで、幅広いテーマを対象としています。

産学連携を特に重視しており、研究やインターンシップなどを通じて、幅広く社会との接点を持つことができます。

主な研究テーマ

具体的なテーマ

原子炉の安全性に関する研究

原子炉の安全性は、設計計算により確保されています。従って、革新的な原子炉、及び現行軽水炉の炉心挙動を正確に予測することは、安全性を確保する観点から重要です。そこで、並列計算など「計算科学」をフルに活用するとともに新しい計算アルゴリズムを開発するなど、高精度・高効率な解析手法の研究に取り組んでいます。

また、原子炉の挙動は原子炉の中で発生している物理現象(核、熱、機械的振る舞い)の総体として決まります。そのため、多様な物理現象を対象としたマルチフィジクスシミュレーション技術の研究に取り組みます。

数理的な最適化技術や人間が行う推論などを炉心の設計に応用する研究も実施しています。

研究成果は、現在稼動している原子炉において実際に使われています。

また、原子炉の設計にあたっては、様々な条件を安全側に仮定します。これは安全余裕と呼ばれます。

安全余裕がとの程度存在するのか(定量化)は、原子炉の安全性を考える上で大変重要な課題です。我々は、解析の入力となる断面積データなどの「不確かさ」が安全余裕にどの程度影響を与えるかについて、定量的な評価を行う研究を進めています。

福島第一原子力発電所に関する解析を実施し、事故対応の支援を実施しています。

未臨界度の測定技術の研究及び応用

核燃料を取り扱う施設では、意図しない連鎖反応を防ぐために、未臨界の担保が極めて重要で、原子力安全の一つの基盤となります。

理論・測定・数値解析を上手く融合させることで、実測に適した未臨界度測定手法の確立を目指します。

未臨界度測定手法として、中性子の密度が時間とともに「ゆらぐ」現象に着目しています。この「ゆらぎ」は、経済学(例えば株価の変動)など他の分野でも幅広く見られる一般的な現象です。

福島第一原子力発電所の溶融燃料の未臨界度測定などにも利用できる可能性があり、事故対応に貢献できると期待しています。

また、動力炉のように、高い出力で運転している原子炉の「ゆらぎ」を解析することにより、炉心の状態を診断する技術についても注目しています。

また、他分野の解析手法を原子炉の未臨界度測定に応用する、もしくはその逆が可能であることから、アイディア次第で大儲けも可能かもしれません(?)。

固有直交分解(POD)を用いた炉心解析手法

原子炉の炉心解析では、中性子輸送方程式を解くことで、炉心内の中性子束分布を求める必要があります。決定論的手法を用いた場合、離散化誤差が小さく高精度な炉心解析を行うには、メッシュを細かく分割する必要があります。しかし、実機を想定して3 次元詳細メッシュを利用するには、数千万もの空間メッシュ分割と数十群ものエネルギーの多群化が必要になるため、計算精度をなるべく高く保ちつつも、低い計算コストで計算可能な手法の開発が重要となります。

そこで、炉心計算において高速かつ精度の良い数値解を得るための手法として、固有直交分解(Proper Orthogonal Decomposition, POD)に注目します。

POD は多数の中性子束の数値解からなるスナップショット(教師データ)から特異値分解と低ランク近似を用いる手法です。PODを用いることで、各エネルギー群の中性子束を少数の基底に展開できます。そのため、求める未知数が大幅に減り、計算コストを削減することができます。

核データ調整

十分な安全余裕を保つためには、数値解析の入力となる断面積データなどの「核データ」の不確かさを低減する必要があります。

しかし、核データは正確な測定が困難な場合が多く、特にマイナーアクチノイド核種の核データや物質の化学結合を考慮した影響に関するデータ(熱中性子散乱則)には大きな不確かさがあります。そこで、測定以外の方法で核データの不確かさを低減するために「核データ調整」を行います。

核データ調整とは、測定結果と解析結果を比較することで、数値解析の入力である核データの平均値と不確かさを調整する手法です。測定・数値解析の両方の結果を融合させることで精度の高い数値解析が可能となります。

加速器によって駆動される未臨界原子炉の研究

大電流陽子加速器と未臨界原子炉とを組み合わせた原子炉はエネルギーを生成しつつ、長半減期の核燃料廃棄物を核変換できる将来の原子炉として、期待を集めています。この炉は未臨界炉をベースとするので、加速器を止めて中性子の発生をとめれば、原子炉の核分裂出力が下がる安全性の高い炉です。

しかし、炉心内の未臨界状態を常に監視する装置の開発が必要です。そこで中性子集団の挙動を確率過程論に基づいて理論解析し、それを実験やモンテカルロ・シミュレーションで確かめる手段で、原子炉の未臨界を測定する手法の開発を目指しています。

また、炉心内の出力が時間的に大きく変動するため、その解析を精度良く行うための動特性計算手法について研究しています。

炉心シミュレータ

「セカイカメラ」などで用いられている拡張現実感(AR)を用いて、原子炉の振る舞いを原子炉の模型の操作を通じて直感的に理解できる革新的な炉心シミュレータの開発を進めています。これは、原子力を学び始めた入門者の理解を助けることを目的としています。

原子炉の設計を体感するためのツールとして、ICE (Interactive Core simulator for Education)およびICE-burnを開発しました。ICEは多数の大学および機関で使用されています。


ICE-burnでの出力分布計算結果(燃焼前)


ICE-burnでの出力分布計算結果(燃焼後)

デジタルトリプレットに利用可能な汎用シミュレータとして、IkarosおよびIkaros3Dを開発しました。このシミュレータは一般に公開され、炉物理教育などに活用されています。